宗教とは何か。信仰とは何か。構想28年の傑作『沈黙 -サイレンス-』

子供の頃、読書家だった母に習ってやたら難しい本ばかりを読んでた時期に、『沈黙』とも出会いました。
当時は幾度も繰り返されるキリシタン弾圧の描写に幼いながら恐怖を感じ、いつまでも終わらない手記にうんざりしてなんとか気合いで読み切ったのを記憶しています。

そして長い月日が経ち、映画『沈黙 -サイレンス-』という形で再びこの作品と出会うことになりました。



沈黙 -サイレンス-(Silence)


監督マーティン・スコセッシ
脚本ジェイ・コックス
マーティン・スコセッシ
出演者アンドリュー・ガーフィールド
アダム・ドライバー
浅野忠信
キアラン・ハインズ
リーアム・ニーソン
公開2016年
製作国アメリカ合衆国


あらすじ



17世紀、江戸初期。幕府による激しいキリシタン弾圧下の長崎。
日本で捕えられ棄教 (信仰を捨てる事)したとされる高名な宣教師フェレイラを追い、弟子のロドリゴとガルペは 日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと潜入する。

日本にたどりついた彼らは想像を絶する光景に驚愕しつつも、その中で弾圧を逃れた“隠れキリシタン”と呼ばれる日本人らと出会う。
それも束の間、幕府の取締りは厳しさを増し、キチジローの裏切りにより遂にロドリゴらも囚われの身に。
頑ななロドリゴに対し、長崎奉行の 井上筑後守は「お前のせいでキリシタンどもが苦しむのだ」と棄教を迫る。
そして次々と犠牲になる人々―

守るべきは大いなる信念か、目の前の弱々しい命か。
心に迷いが生じた事でわかった、強いと疑わなかった自分自身の弱さ。
追い詰められた彼の決断とは―(公式サイトより)


原作は1960年代に出版された遠藤周作の小説、『沈黙』
江戸時代初期、キリシタン弾圧下の日本へ布教に向かったポルトガル人の司祭の手記を通じて、「宗教と信仰とは」を問う作品。
この作品は、17世紀における日本の史実を元に執筆された、いわゆる「歴史小説」というやつです。

本作の監督を務めたマーティン・スコセッシが28年前に原作を読んでから、長い間映画化の構想を練り続けていたそうです。
製作は難航していたようで、何度も頓挫しては構想を練るということを繰り返していたんだとか。
そうしてようやく2015年1月より本作の撮影が始まったんだそうです。
映画自体の構想は1991年からあったそうで、そう思うとようやく作品を観ることができて感無量ですね。

長い。けれどかなり原作に忠実


覚悟はしてた。しかし長い(笑)
上映時間は約3時間。いや〜『レヴェナント:蘇りし者』越え。
なんども局面を迎えるも、また次の場面へと移る。
そのうちに何かと似たような感覚を覚え、やがて「あ、これベートーヴェンの交響曲と一緒だ」と気付きました。
終わりそうで終わらない。ようやく画面が暗くなった時は、お、終わった〜と謎の達成感を最初に感じてしまいました。

原作を読んだのが遥か昔なので、曖昧な記憶ですが、原作も冗長気味な作品だった気がします。
ただ、じわじわとキリシタン弾圧の描写を描かないと、パードレの心変わりや疲弊が伝わらないでしょうから、致し方ないのかもしれません。

内容は、どういう結末を迎えるかわかっていても、辛いですね。無常というか。
根本的に日本人と西洋人の考える宗教と信仰は違うのだと改めて考えさせられました。

そしてマーティン・スコセッシが長年構想を練っていたことがよく伝わりましたね。
原作に忠実なストーリー構成、そして日本の江戸時代初期の描写の正確さ。
日本人から見て、日本という国、江戸時代初期の姿が違和感なくつくられています。
外国の方が映画の中で日本をつくると、どうしても中国や台湾のような雰囲気のものばかりなイメージですが、『沈黙 -サイレンス-』は丁寧に、緻密に日本の江戸時代を作り上げていて感動しました。

そういや時々遠慮なく日本語のみでストーリーが進むことがあって、もしかしてこれ邦画なんじゃ?と思うような瞬間もありました。
そういう意味では、日本人としては江戸初期のキリシタン弾圧についてさらっと下調べしていくとより作品を楽しめたかもしれませんね。まあ日本史の授業で学ぶからわからないという人は少ないですかね?

鎖国に入る直前の日本とキリスト教


この作品は、ポルトガルからやってきた司祭の苦悩や苦しみだけでなく、日本のキリスト教弾圧の歴史をベースに、日本人が抱く思想と西洋人が抱く思想の違いが描かれています。

時代は江戸初期。キリシタンは弾圧下に置かれ、厳しい時代を迎えていた。
時代背景としては島原の乱があった後なので、キリシタンに対する政府の弾圧はより一層激化していたんですね。

そんな中、日本の現状と、自分たちの師であるフェレイラ司祭が棄教したという知らせをうけ、セバスチャン・ロドリゴフランシス・ガルペはフェレイラの行方を捜し、さらには布教するために長崎へ向かうことにしたのです。
キチジローという男とマカオで出会い、彼に連れられ日本へたどり着きます。
そして彼らは日本でのキリスト教に対する酷い仕打ちを目の当たりにしていくのです。

やがてセバスチャンとガルペは別れ、セバスチャンはキチジローの密告によって政府に捕らえられてしまいます。
政府はセバスチャンに決して肉体的な苦しみは与えません。
キリシタンを目の前で何度も弾圧して、彼の心を疲弊させていくのです。
観客として衝撃的だったのは、やはり首をはねるシーンですかね。
あのシーンは果たして息を飲まない人がいるのか?役人がキリシタンを切りつけて首を跳ね飛ばした瞬間、体が一気にこわばってしまいました。

長崎の奉行、井上筑後守は、キリスト教というものは根本的に日本人の価値観に合わないのだと説得し、棄教していたフェレイラは日本人は自然の中に神を見出すのだ、セバスチャンに言い放つ。

やがて、井上筑後守やフェレイラの言っていた言葉の意味を理解したセバスチャンは、ついに銅版画を踏み、そこで神の声を聞くのです。
「私は沈黙していたのではない。お前たちと共に苦しんでいたのだ」という言葉を。
そして彼は日本にやってきた最後の司祭として、改めてその心を固めるのであった。

永遠に美を求める西洋人と、無常に美を見出す日本人ではどうしても分かり合えない部分が根底にはあるのだと改めて気づかされました。

キチジローという男


私が『沈黙 -サイレンス-』鑑賞前、原作の『沈黙』に対して抱いていた感想の一つが「キチジローはドクズ」というものでした。
マカオでキチジローに出会ったセバスチャンとガルペは、彼を案内役とし、日本へ渡航します。
このキチジローというのがなんとも言えない男で、過去に何度も政府にキリシタンを疑われてはその度に踏み絵の銅版画を踏み、罪を逃れてきたのです。

けれど、彼は何度もまたキリシタンになって、祈るのです。セバスチャンに自らの罪を告白するのです。
ところが最終的にはセバスチャンを政府に売ってしまう。
原作にある、政府に連れて行かれるセバスチャンを、キチジローは泣きながら追いかけたという描写を読んで、当時の私の頭の中にははてなマークでいっぱいになりました。
なんだこの男。どうしようもないな、と(笑)

しかし映画を観て、その感想は払拭されました。
劇中のキチジローの「生きるためにはしかたない」という言葉がひどく頭に響きました。
なるほど、志を貫くために、為すことを為さねばならないのか。

何度神を踏んで、冒涜しても、本当の心のうちは本人にしかわからない。
そんなキチジローの真理を、セバスチャンは棄教してようやく理解するのでした。
私もそれをみて、なるほどなあと自分がかつてキチジローに対して抱いていた気持ちを改めました。

一方で、かたちだけの行為ですらできないこともあるのです。それもまた信仰であって、真理なのです。

日本人俳優が大奮闘!


役者に関してはもう文句なしですね。
主役のセバスチャン・ロドリゴのアンドリュー・ガーフィールドってみたことあるな〜と思っていたら、「アメイジング・スパイダーマンシリーズ」の主役だったんですね。
繊細で信心深いパードレ役がとても合ってました。

セバスチャンと共に日本にやってきた司祭・ガルペ役のアダム・ドライバーの、「もう一度」という日本語がすごく上手で、そこだけ耳に残ってる。モイチド、じゃなくてきちんと「もういちど」だった。
公開前から『スター・ウォーズ フォースの覚醒』のカイロ・レンやん!と密かに楽しみにしていたので、彼の演技をじっくり見れて良かったです。

そしてやはり注目すべきは、日本の俳優陣の奮闘ですよね〜
海外の映画で日本人が活躍していると嬉しくなりますね。

英語は上手い下手とか全くわかりませんが、イッセー尾形の発音がとてもよくてびっくりした。
それまで日本語でゆったり話していた井上筑後守が、セバスチャンと対峙した時にスラスラ〜っと英語で話し出すんですよ!
え!おじいさんすげえ!

演技で言えば私はモキチ役の塚本晋也がとてもよかったです。
穏やかで優しいモキチが、キリシタンへの処刑で海に縛り付けられている時の演技なんか、鬼気迫るものがあって、圧倒されました。
何度も何度も波に打たれてる姿は苦しかったですね。

江戸時代初期の日本が違和感なさすぎてすごい


舞台が日本ということで、ちょっと不安要素はあったんですよ。
しかしさすが名匠マーティン・スコセッシ。
日本人がメガホンをとったのではないだろうかというほど、「日本」の違和感がない
日本に寄り添って作られているというか、自然

特に感心したのが後半の長崎のシーン。
長崎の下町は貿易が盛んな土地らしく賑やかで、ちんどんなんかが街を闊歩しているんです。
長崎奉行所も時代劇でよくみるような作りで、とても外国人が製作した作品とは思えないほど。
しっかり下調べされています。

全体的に画面の色使いが日本っぽいんですよね。淡くて、シンプルな色使い。
スコセッシらしいあの重い雰囲気の画面が少なかったように感じます。
セバスチャンがフェレイラと再会する寺のシーンも美しかったですね〜。
書院造りと数寄屋造りの美しいこと美しいこと。質素で洗練された日本家屋というのは風情がありますね。

ただ残念なのが、これらの撮影は全て台湾で行われているということですよね〜
その情報を事前に仕入れてしまったせいで、いまいち自然の風景に感動できなかった(笑)

本当は日本で撮影をしたかったそうなのですが、日本だとセットの制作費や撮影場所の費用がかかり過ぎてしまうので断念したんだとか。
いやそこは頑張ってくれよ日本のお偉いさん!!せっかくのチャンスなのに!!

良かった点


・原作にわりと忠実
・小説らしい叙情的な雰囲気
・日本の江戸時代初期の描写に違和感がない


こまかいストーリー展開は違いがあれど、かなり原作に沿った内容で満足です。
日本の建物や日本人、衣装など細かい描写も日本人から見ても全く違和感がなかったことに驚きました。
映画に突っ込むならそこかなーと思っていたので(笑)
監督あっぱれです。

悪かった点


・冗長気味

これは原作に忠実に製作したゆえだとは思います。しかし長かった・・・
もし上映中に観ようか迷っているなら、間違いなく映画館で観たほうがいい作品ですね。
家で見たら途中で投げ出してしまいそう。

まとめ


日本と欧米の宗教観の違いを描き、あらためて日本という国、そして日本人の本質に迫る作品でした。
海外の監督作品ですが、とても日本という国をよく描いています。
日本人が見ていても違和感が全くありません。

構想28年にして念願の映画かということで、マーティン・スコセッシの気合いが垣間見えましたね〜
また今までの作品とは雰囲気もガラッと違って、彼の手腕を改めて賞賛したいと思います。

原作も胸を打たれる言葉が多く素晴らしいので、是非読んでみてください。

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